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外部からの視点を伴いつつの帰福のこと [地震と原発]

この土日に福島に帰ってきました。こちら(秋田)で福島からの避難者を取材されている新聞社のかたも合流しての二日間となりましたが、震災後初めて福島の放射能汚染地に入ったそのかたが傍らにいることによって、自分が気付かされることも多々あった次第です。

そのかたにとっては計画的避難区域設定により全村避難になっている飯舘村や、津波被災の爪痕がおびただしく残る南相馬市と違って、郡山市や福島市、そして自分の地元たる伊達市の辺りを巡るだけでは、「何も起きていないし至ってフツー」の光景が目に映るだけであったろうと思います。地元民である自分にとってもそれはそうで、だからこそ「何か様子が違って見えるところはありますか?」と問われても、容易には答えられなかったりするわけであり、確かに小国地区なんかではどこでも除染が始まっていてそれは自分にとっては目を引くことであるのですが、ぱっと見それってただの土木工事と違いはなくw、たぶんその様子を眺めたときに自分の胸に去来している、再生のためには欠かせぬこととはいえ、ふるさとの大地が未知の作業と実験によってズタボロにされていくような感傷というものは、きっと共有できないし共感されないのだろうなぁということを思ったのでした。

そうなんです、待望の除染が本格的に開始されているというのに、さっぱり"復興ムード"というものを覚えないんですよね。なんでだろう、まだ避難したい人たちの思いが完全に消化されていないからなのか、今のところ除染が成功するという確証が得られていないからなのか、成功するかもしれないがそれまでには余りに長くて遠い道のりが待っていることが既に分かっているからなのか、自分でもそこのところがよく分かりません。


それから新聞社のかたにはウチのおかんも取材していただいたのですが、親子で面と向かって喋らないことを傍らで聞き、「そんなことを思っていたのか?!」とはじめて知るようなこともあって、これはとてもよい機会となりました。まず老いたりとはいえ(?)、やっぱり原発事故由来の放射性物質を含んだ食品を口にするのがイヤなんだなぁとwご近所から貰ったり出されたりするものを表面上は快く受け取りつつも、食べるかどうか毎回思い悩んでいるのだということは、しょうじき初耳でした。

先月のことですが、ウチの実家で親戚(桑折町)から購入していた米を検査してもらったら約20Bq/kg(玄米、セシウム合計)という結果が出て、その後秋田の実家の方に「米を譲って欲しい」という打診をしてきたときには、「あれもしかして気にしてるのか」とは一瞬思ったものの、「20くらいなら精米すれば全然大丈夫でしょ」と他人事のように意に介さなかったのですが、やはり毎度食べるものから"それ"が出る、ということはそれなりにインパクトのある事件であったようですし、例の出荷停止に至る高汚染米の検出はその後も件数を増やしながら続いているようで、今も事態はリアルタイムで進行中、避難せずそこに留まる人々の神経をよりすり減らしていくのかもしれません。


その汚染米のこと、地元のかたと話したら、「この辺では米作ってても商売用に出荷せず、自家消費するか親戚筋に個別販売してたりするから、出荷停止されても賠償の恩恵に浴することはあまりないのではないか」と聞きまして、なるほどぉと思っていたのですが、ウチのおかんが取材中に言うには「否」と。むしろ例年なら出荷していなくても今年は出荷しているという家がけっこうあるんだと。何故ならば「自分たちではそれを食べたくないから」。

出荷して得たお金で他所の米を買って食べるんだと。それを聞いて何とも言えない気持ちにになりました。擁護したい部分もあるし、除染においても立ち表れる「自分が安心な生活をするために他の人の生活の安心を脅かすことになる」というジレンマがここにも通底していることを痛いほど思い知らされるような感じもしました。今年の米は売れない、食べられないということを観念して早いうちに作付けを断念した人もいるなかで、自己防衛からやむを得ないとはいえこのように上手く立ち回っている人もいるということ、なかには「放射能なんて何でもないんだ」と胸を張って自分の作ったものを世に出している人もいるかもしれませんし、放射能への態度というものは同じ所に住んでいる人でもきっと千差万別なのだよなぁと、思った次第です。

ちなみに最初に小国地区で検出された高汚染米の一つは同地区でも相対的に高線量のところから出たのではなく、高汚染米問題の嚆矢となった福島市大波地区に至近のところから出たものだそうで、これを「大波と地勢や土質が似ているから出た」と考えるべきなのか、「小国地区の線量の低いところでも出るんだから高いところにおいては言わずもがな」と考えるべきなのか、非常に悩ましいです。


最後に今回の帰福の際にゲットしたお土産のこと。
2011120611400000.jpg
放射能から美しい小国を取り戻す会による独自の線量調査マップが大紙面にカラー印刷という立派な形で配布されてきていました。あの大変だった測定作業により一層の達成感を覚えます。自分が夏前に作ったマップや行政作成マップと同じ様相を呈しております。それにしたってどこまで行っても(線量が)高い高い。

もう一つは愛チカラさんがまとめた今夏のキャンプを始めとした活動の報告冊子。自分はキャンプの全容を知らずちょっと垣間見た程度の人間なので、知っているエピソードもあれば知らないエピソードもあり、とても楽しく、感動を覚えつつ、そして懐かしく拝読させていただきました。今回自分が福島に帰った期間中もちょうどまた愛チカラさんが伊達市に来ていて(ホント頭が下がるわ)、冬のキャンプの説明会など準備を進めているところでした。ちょっとだけ顔出ししたら、夏のときには見なかったお母さんがたも見えていて、点が線になるだけでなく、輪が広がりつつあることを確認できて、非常に感激した次第です。ホントは自分も家族郎党引き連れて参加したかったのですが・・諸事情により断念。


余談ですがわたくしごとの報告・・就職決まりました。いよいよここ秋田に根を張り暮らすことの覚悟を決めるときが来ましたです。

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コメント 4

K

ご就職、おめでとうございます!よかったですね^^

記事、いつも読み応えがあり、非常に考えさせられます。
だけどコメントでは、私の思ったことが
正確に伝わらないのではという不安もあります。

「まだ避難したい人がいる」ということについて
こちら参照しつつ、私のブログで書きたいなあ・・と思って
いたとこでした。

でも前にコメントしたのが承認されなかったみたいなので、
コメントの中身が悪かったかな・・と
恐る恐る送信します
もし↑ビンゴだったのなら、これも承認しないでけっこうですので、
よろしくおねがいします。
by (2011-12-07 12:36) 

hal

>>Kさま

コメントありがとうございます。そして就職の件につきましてもありがとうございますwいやぁホントひと安心です。

コメントの件についてなのですが、承認制にはしていなかったと思うので、もしかしたらブログの不具合か、私の方で読み漏れてレスをお返しさせていただいていないのかもしれません。すみませんです。

「まだ避難したい人」というのが割合的にどれくらい潜在しているのか、というのはしょうじき分からないのですが、とりあえず自分の周りにはいないこともなく、そうしたかたがたが世間的には超絶マイノリティであるとするならば、せめて自分くらいはその心情に寄り添いたいと考えるところなのですが、是非ともこの話題についてKさまのお話もお聞き(読み)してみたいです。
by hal (2011-12-07 22:21) 

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